小学校という奇跡の現場
―1000以上の仕事、100以上の業種を経験して辿り着いた真実―
これまでの人生で、私は本当に多くの現場を見てきた。
医療、福祉、法律、経営、建築、教育、農業、IT、芸術、あらゆる分野に関わってきた。1000を超える仕事、100を超える業種。その中で、どの現場にも「人の営み」があった。
けれど――そのすべてを見渡した上で、心から言えることがある。
小学校ほど、人間としての本質を感じた場所はなかった。
なぜか?
それは、そこに“人間の原点”があるからだ。
私は経営者として、たくさんの大人たちと関わってきた。
会社を立ち上げ、相談役として多くの企業を支え、数えきれない数の経営会議にも出てきた。
どの職場でも、必ず「課題」があった。
人間関係、責任感、やる気、組織の歪み、報告・連絡・相談の欠如。
どの業界も、どの職種も、最終的には「人」に行きつく。
技術でも、資金でも、制度でもなく、「人の心」がすべてを動かしていた。
だが、社会人の多くは“本当の意味での人との関わり方”を知らない。
なぜかといえば、それを学ぶ機会がなかったからだ。
会社では「報連相をしろ」と言うが、心の通った関係づくりを教えてはくれない。
大学でも、資格試験でも、マニュアルでも、
「人を思う」「人を受け入れる」「人と向き合う」ことは学べない。
だが――小学校には、それがある。
小学校の現場は、奇跡のような場所だ。
子どもたちは毎日、ぶつかり合い、泣き、笑い、仲直りをする。
その中に「社会のすべての縮図」がある。
たとえば、あるクラスで起こる小さなトラブル。
意地悪をする子、反抗する子、泣き出す子、助けようとする子。
先生は、そこにすぐ「人間のドラマ」を見る。
子どもたちの一言一言に、感情の揺れ、心の痛み、優しさ、葛藤が見える。
それをひとつひとつ受け止めていくのが小学校の先生だ。
私はその現場を見て、衝撃を受けた。
医療の現場でも、福祉の現場でも、人の命や尊厳を扱う仕事を見てきた。
法律の現場でも、人の正義や責任を扱う場面を多く見てきた。
けれど、小学校の現場ほど、「生きる力」をまっすぐ育てている場所はなかった。
ある日、一人の子がクラスで荒れていた。
物を投げ、暴言を吐き、先生にも反抗する。
普通なら「問題児」と言われて終わるところだ。
だが、先生はその子に真正面から向き合った。
逃げず、責めず、ただ「どうしたの?」と毎日声をかけ続けた。
数週間後、その子は涙を流して謝った。
そして「先生、僕、変わりたい」と言った。
この瞬間を見たとき、私は震えた。
人間が変わる瞬間というのは、命の光が点る瞬間なのだ。
そしてそれは、教室の中で、子どもと先生の心のやり取りから生まれる。
あの純粋な場にこそ、「人が人になる教育」がある。
社会に出ると、多くの人が仮面をかぶる。
「上司だから」「社長だから」「お客様だから」と、
本音を出せず、感情を押し殺し、建前で関係を作る。
それが当たり前になっていくうちに、
人間の温かさや、魂の交流が失われていく。
しかし小学校では、そんな仮面は存在しない。
怒る、泣く、笑う、悩む――そのままの人間がそこにいる。
だからこそ、教育の原点は小学校にあると思う。
子どもたちは、自分の存在を試しながら、人との距離を測る。
「どうすれば仲良くなれるか」
「どうすれば人を傷つけずに思いを伝えられるか」
それを身体で学ぶ。
算数や国語のような教科以上に、「人間関係の教科」があるのだ。
私は経営者として思う。
企業も、まさに“ひとつの小学校”であるべきだと。
社員同士が学び合い、時にぶつかり合い、助け合いながら成長していく。
その環境をつくるのが、社長やリーダーの役割だ。
経営をやっていて感じるのは、
会社の問題の9割は“人の関係性”にあるということ。
経営戦略、財務、人材配置――そういうことではない。
人と人が信頼で結ばれていないと、どんなに立派な仕組みも崩れる。
逆に、信頼関係がある組織は、どんな苦境でも立ち直る。
だから私は、経営者教育にも小学校の要素を取り入れるべきだと考えている。
小学校型経営教育。
それは、経営者が再び「人との関わりの原点」に戻ることだ。
頭で経営するのではなく、心で経営する。
人を数字ではなく、「魂」として見る。
社員一人ひとりの中にある“子どもの心”を信じ、伸ばす。
小学校には、日々ドラマがある。
反抗していた子が、ある日突然、友達をかばう。
泣いていた子が、次の日には笑っている。
先生が子どもに励まされることもある。
そんな奇跡の積み重ねが、教育というものを形づくっている。
そして私は気づいた。
この奇跡は、社会全体に必要なのではないかと。
社会はどんどん効率化し、AIが進化し、人の手を離れていく。
けれど、AIでは“心の温度”までは伝えられない。
どんなに便利になっても、人の心は人でしか温められない。
小学校の先生たちは、それを体現している。
1000以上の仕事をしてきた私が、最後に辿り着いた答え。
それは、人間の本質は小学校にあるということ。
人と関わることの尊さ、受け入れることの難しさ、
赦すことの大切さ、そして成長することの喜び。
どんな経営学よりも、どんな成功哲学よりも、
教室で泣いて笑う子どもたちの姿に、
人生の真理がある。
私はこれからの社会に、
この“小学校の力”をもう一度、取り戻したい。
経営者も、政治家も、医師も、弁護士も、みんな一度、小学校に戻るべきだ。
あの現場に立ち返れば、人は必ず“何のために働くのか”を思い出す。
小学校とは、人間の心が最も美しく輝く場所。
そこにこそ、未来の社会を立て直すヒントがある。
私は、1000の仕事を超えて、ようやくその答えに辿り着いた。
――小学校が一番、素晴らしかった。