なぜ、いま「人の心」で経営するのか?― はじめての「人間中心経営」入門
導入:あなたの知らない「会社の空気」の話
「良い会社」と「悪い会社」の違いは、給料の高さやオフィスの綺麗さだけで決まるのでしょうか? もちろんそれらも大切ですが、本当に重要なのは、数字には表れない「会社の空気」かもしれません。
同じ仕事をしていても、ある会社では社員が生き生きと働き、別の会社では誰もが疲れ切っている。この違いを生み出すのは、一体何なのでしょうか。
この解説では、まさにその「空気」の正体、つまり「人間中心経営」という新しい経営の考え方について、初心者にも分かりやすく解き明かしていきます。これからの時代に本当に価値のある会社とは何か、その答えがここにあります。
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1. 時代遅れになった「機械の経営」と、これから求められる「生き物の経営」
これまで、多くの会社は「精密な機械を動かす」ように経営されてきました。ルールやマニュアルを細かく定め、数字で社員を管理し、すべてを計画通りに進めようとする考え方です。この方法は、社会が単純だった時代にはとても有効でした。
しかし、価値観が多様化し、変化のスピードが加速した現代において、その手法は限界を迎えつつあります。まさに「従来のマネジメント手法が限界を迎えている」のです。機械のように人を管理しようとしても、人の心はついてこなくなり、組織は活力を失ってしまいます。
そこで登場したのが「人間中心経営」という、まったく新しいアプローチです。これは、会社を「生き物を育てる」ように経営する考え方です。
生き物を育てるのに、ルールブックだけでは不十分ですよね。日々の声かけや愛情、丁寧な観察が欠かせません。それと同じように、この経営スタイルでは、ルールだけでなく「人と人との関係」や「現場の空気」といった目に見えない要素が最も重要になります。なぜなら、実際の企業経営では、数字や戦略よりも「人と人との関係」が最も大きな成果を左右するからです。
それでは、この「生き物」のような会社を育てる「人間中心経営」とは、具体的にどのような考え方なのでしょうか。
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2. 人間中心経営の正体 ― 会社の「血流」と「呼吸」
人間中心経営を理解するために、会社を一つの「人体」に例えてみましょう。健康な体が骨格や血流、そして心臓や呼吸によって成り立っているように、健康な会社も「制度」と「人間関係」という二つの側面から成り立っています。
ある専門家は組織の制度を整え、滞りのない「血流」を作り出します。そしてもう一人の専門家は、人と人との間に信頼という「呼吸」を吹き込む。この二つが合わさって初めて、組織は生きた共同体となるのです。
• 体を支える骨格と血流(=制度) 会社における就業規則や評価制度といったルールや仕組みは、体を支える「骨格」であり、組織の隅々に栄養を運ぶ「血流」のようなものです。これらがなければ組織はバラバラになってしまいます。しかし、その本質は人を縛ることではありません。この考え方を体現するのが、制度を「人の幸せのため」と捉える専門家たちの視点です。制度とは、社員一人ひとりを守り、安心して働ける環境を整えるためにこそ存在するのです。
• 命を吹き込む心臓と呼吸(=人間関係) どれほど立派な骨格や血流があっても、心臓が鼓動し、呼吸をしなければ、それは生命体とは言えません。会社における「心臓」や「呼吸」に当たるのが、社員同士の信頼関係や日々の対話です。ルールだけでは、組織は決して動きません。なぜなら組織とは、制度で動くのではなく、信頼で動くものだからです。この信頼というエネルギーが組織全体に活気を与え、命を吹き込みます。
この「血流」と「呼吸」は、どちらか一方だけでは機能しません。両方が健全に機能して初めて、組織は生命力あふれる存在となるのです。
比喩 | 役割 | これが滞ると… |
血流(制度) | 組織に安定と秩序をもたらす | 組織が冷たくなり、栄養が隅々まで行き渡らない |
呼吸(人間関係) | 組織にエネルギーと活気をもたらす | 組織が窒息し、生命力を失う |
このように、会社の「血流」と「呼吸」を整えるのが人間中心経営ですが、その中心には、経営者自身の重要な役割があります。
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3. 経営者は「答え」を示す人ではなく、「鏡」になる人
従来の経営では、経営者は「答えを知っていて、社員に指示を出すリーダー」でした。しかし、人間中心経営における経営者の役割はまったく異なります。それはコンサルタントが“方法”を示すのとは対照的に、“気づき”を促す存在。つまり、会社の「鏡」になることなのです。
「鏡」の役割は、大きく分けて二つあります。
• 会社自身が見えていない姿を映し出す 組織の中にいると、自分たちの会社の本当の姿は意外と見えません。経営者の役割は、組織が自ら気づいていない真実を、鏡のように「あなた方が見落としているのは、この点ではないでしょうか」と静かに映し出すことなのです。問題の本当の原因は、外ではなく自分たちの内側にあるかもしれない、と気づかせるのです。
• 社員が本音を話せる「安全地帯」を作る 鏡が正直にありのままを映すように、社員が恐怖や忖度なく、安心して本音を話せる空気を作ることが極めて重要です。社員が本音を語り、経営者自身も“素”になれる。そのような安全な空間ができて初めて、組織が本当に向き合うべき問題が姿を現し、本当の問題解決がスタートするのです。
では、経営者が「鏡」となり、社員が生き生きと働き始めた会社は、最終的にどのような場所に変わっていくのでしょうか。
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4. 目指すのは「お金を稼ぐ装置」ではなく「人が育つ学校」
人間中心経営が目指す究極のゴールは、単にお金を稼ぐことではありません。それは、「人間の成長」と「事業の発展」が一致する状態を作り出すことです。社員一人ひとりが成長すれば、会社も自然と成長する。この好循環を生み出すことが、本当の繁栄だと考えます。
この哲学をさらに深めると、会社は次のような場所に変わっていきます。
会社とは、個人が人間として成熟していくための“学校”であり、 経営者とは、その学び舎を導く教師である。
つまり、仕事を通じて人として成長し、学び合う。会社をそんな「学びの場」として捉え直すのです。
この考え方が行き着く未来像は、象徴的な言葉で**「地上天国型経営」**と表現されます。これは決して宗教的な意味ではありません。人間が人間らしく生き、喜びを共有できる環境の比喩であり、利益だけを追求する経営から、人の幸福を中心に据えた経営へと進化していくことを示しているのです。
最後に、これまで見てきた「人間中心経営」の最も大切なポイントを振り返ってみましょう。
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結論:経営とは、人を信じることから始まる
人間中心経営の核心は、非常にシンプルです。それは、複雑な理論やテクニックではなく、人間の心を信じるという原点に立ち返ることに他なりません。この考え方は、次の3つのメッセージに集約できます。
• 経営とは、ルールで人を縛ることではなく、人の可能性を育てること。
• 強い組織とは、命令が速い組織ではなく、信頼関係が深い組織のこと。
• 会社の本当の価値は、売上ではなく、社員の笑顔の数で決まる。
経営の教科書は、戦略や数字について語るでしょう。しかし、これからの社会で本当に価値ある会社を創るための答えは、そこに書かれていません。その答えは、いつも「人の心」の中にあります。