火. 3月 25th, 2025

大好きなつば九郎へ

昨日、ヤクルトスワローズの公式マスコットつば九郎の担当スタッフの方が永眠されたと、ヤクルト球団より正式発表がありました。

それをSNSで知った私は、あまりにも急なことであまりにも悲しくて涙が止まらなくなりました。ヤクルトファンだけでなく多くの方が悲しみを投稿していました。

私はつば九郎に沢山助けられたと思ってます。社会人2・3年目の頃、仕事も辛くてプライベートでもうまく行かない時期があり、また仕事と社労士の勉強の両立を始めたころ、動画でつば九郎をふと発見しました。独特のフリップ芸、ひらがなで秀逸なことを伝える、球団マスコットの中でもひときわ目を引く存在でした。それでいてとても可愛くて…つば九郎の動画を見ることが仕事を終えた後のひと時の楽しみになっていました。

それからふとした時に神宮球場に行って、山田哲人選手が沢山ヒットを打ったり活躍してるのを見たり、つば九郎を見たり、ヤクルトの応援が楽しくなってヤクルトを応援するようになりました。今から10年以上前になります。

私は一ファンなのでつば九郎をいつも球場から眺めていたのに過ぎませんが、この10年程の間で自分の人生にも色んな変化や出来事があり、そのたびにつば九郎に癒されて励まされていたように思います。

自分の身の回りにもつば九郎のグッズが何気なく沢山あります。キーフォルダーやステッカー、スマホ、家に飾ってるぬいぐるみなど…私の生活の中につば九郎は組み込まれていたのだなと改めて感じています。

つば九郎と触れ合う選手を見るのが大好きでした。つば九郎の優しいブログを見るのが大好きでした。ヤクルトの選手だけでなく他の球団の選手が怪我や病気になった時など励ましてエールを送っているブログが大好きでした。怪我をしているヤクルト選手がいるとヘルメットに背番号を載せたりしてくれていましたね。そして山田哲人選手を入団からずっと見ていてくれてこの前も「裏で苦しんでるのは知ってるよ」と励ましてくれていました。色んな選手たちのメモリアルの時にボードを渡すのもつば九郎でしたね。

つば九郎にはまた会えるかもしれないけど、「あの」つば九郎には二度と会えないのかなと思うと、胸に穴が空いたようで喪失感をずしんと感じています。今はまだ整理が中々つかないけど、いつも空の上から皆を見守ってくれているのかな。

一度も直接会ったことも話したこともないのにこんなに悲しくなるなんて、それだけ大好きで尊い存在だったのかなと思います。大好きな人・大切な人が突然いなくなることはこれまでの人生で何度か経験をしてきました。そのたびにとても悲しく感じ、そのたびに会える時に会おう後悔しないようにという気持ちになります。「推しは推せるときに推せ」と思い、多少無理しても神宮に去年通って沢山見れて良かったのかもしれないです。

いつもお空の上から見守っていてね。後悔しないように生きよう。本当にありがとうございました。

心から愛をこめて。

2025.2.10 Shizuka Nakaoka

By yous

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